泡ちゃんのしゅわっと生きようぜ

泡ちゃんのしゅわしゅわしてるブログ

次は夏休みまで

10連休が終わる。

家族や旧友と会えたし旅行もできていい連休だった。連休前の激務でボコボコに凹んだ心身もある程度までは回復した。

…塑性変形した部分はもう元には戻らない。

 

明日からまた騒々しい日々が始まる。

久しぶりに会社に行くと思うだけでも気が重いのに、連休後が忙しいと分かりきってるからもう尚更だ。

普段週末に気分を入れ替えても会社の席に座った途端に気分が萎えて低空モードに入るので、休みが長かろうが多分同じだと思う。

今は自分の力を伸ばす時期だと割り切っているが、頭は騙せても心は正直らしい。

今の部署で手を抜いたことはないが心の深いところで情熱を持てないでいる。

 

もっとわがままになってもいいじゃないかと旧友に言われた。従順すぎるんじゃない?って。

自分ではそんなつもりはなかったけど、確かに言いたいことを言わずに飲み込んだ経験は多い。言えたほうが楽だろうなと思いつつ、相手の機嫌を損ねたり、嫌われるのが怖くて。

 

しかし、社会は優しくもドライだ。

耳障りのいいことを言う上司や人事も大事なのは目の前にいる他人ではなく自分だし、僕が激務で体調を崩したからといって代わりに僕の人生を生きてくれるわけでもない。次の人を探すだけだ。

言いたいことを言わなければ都合よく使われるだけの人生になる。

 

 

 

春が来る

もうちょっと頑張ってみよう。

これで駄目でも、やることはやった。

そう思う日が増えた。

 

試練の連続。

周りから無理だろうと何度も言われたが、無理だと言われてもピンとこないほど経験が不足していた。

成長には適度な負荷が不可欠だが、これは適度とは言わないだろう。過度だ。

 

この仕事の果にいったい何があるのだろうかと、半ば虚無感を覚えながら目の前の仕事をこなす。

 

孤軍奮闘する若者を見て、年長者たちが動き始めた。

結果が出始めて、周りの見る目が明らかに変わった。

人は理屈で動くんじゃないな、感情で動くんだなと思い知らされる。

人の優しさに触れると、感情が高ぶって胸が熱くなる。

 

2019年!

あけましておめでとうございます。

年のはじめくらいは元気に行こうとタイトルに「!」をつけてみた。

 

年末に一年を振り返られた方も多いと思うけど、僕もどんな一年だったか考えてみた。

 

仕事のことを思い返すと凄く密度が濃かったな。12/28に仕事納めをしたときのライフポイントはゼロ。そんな感じ。耐えきった。

自分はまだまだだなあと思う反面、一年前に比べると大分成長したなあって実感はある。

周りの方々からも認めていただくことも増えてきて嬉しい。

 

ただ2018年は仕事に偏り過ぎだったな。

目の前のことにしか集中できない状況が続いたから、もっと人生の幅を広げたいなって思う。

それだけ余裕がなかったということだけど、今年は仕事の他に熱中できることを増やしたい。僕は努力が好きではないから、興味を持てて夢中になることをして生きたいと思う。

 

そして、人との関わりを大切にしたい。

人は人と関わることで人生が豊かになると、実感することが増えた。 

色々な人とのつながりを増やして、人生をもっと鮮やかにしたいと思っているし、自分にとって大切な人ができたら、それは幸せなことだと思う。

 

 

後ろを振り向くと

今年ももう終わろうとしている。

個人的には、会社で1月に本格的な業務が始まりちょうど1年経ったことになる。

仕事の出来はどうであれ、まずは1年頑張った自分を褒めたい。

社会人になって感謝されることはあっても褒められた記憶は少ない。自分でくらい褒めてあげたいのだ。

 

今年は寂しさが募る一年だった。地方に転勤になり知り合いはおらず、恋人もおらず週末は寂しさを紛らわせるため頻繁に東京で友達と会っていた。 

皆、社会人になりもがいている。 

これでいいのかと自問しながら懸命に生きている。

年を重ねるとはこういうことなのか。

過去の自分がしてきた選択が、身に降り掛かってくる。

選択することは他の選択肢を捨てることなんだと気づく。

学生時代は星の数ほどあると思っていた未来の可能性は、もう消えてしまったのだと。

 

辛いことも増えた。

嫌なことも増えた。

何かささやかな幸せを心の拠り所にして、今日だけは頑張ろうっていう朝が増えた。

明日だけは頑張ろうって思う夜が増えた。

 

大人になるってこういうことなのかなあって思う。そう言ったらそれは違うよって声が飛んできそうだけど。

 

 

 

 

その果てには

体力の低下は想像していた以上だった。
普段通りに生活しただけで、全身が筋肉痛になるとは流石に予想外だ。

心も体に引っ張られ、もう金曜日になる頃には限界が来ていた。
目が覚めても、体は起き上がることができず、無理矢理にでも活動する精神力も残っていない。
誕生日くらい楽をさせてもらうか、病み上がりだしと思い上司に連絡してまた寝た。
療養に加え、もう無理ができる年齢ではないのだろうか。

誕生日はと言えば、多くの方々が祝いをして下った。Facebook、LINE、Twitter、直接会って祝ってくださった方々など。
こうやって多くの人間関係に恵まれた人生を送れたことは幸せなことなのだろう。
感謝である。
そして、こうやってまた今年も誕生日を迎えることができた自分自身を褒めてあげたい。
辛いことも、苦しいことも多かったけど頑張ってきたのだから。

来る日も来る日も

普段いかに自分の神経が緊張しているかを思い知らされる。

油断していたわけではないが一度離れた職場に復帰するというのはこうも厄介なものか。

ふわふわとした表現しづらい不安、そして根拠不明の罪悪感を感じる。職場を離れたのは決して自分に非がある訳でなく、無理やり理由をつけるとすればむしろ会社の方なのだが。

頭も体も、試運転しているような感じだ。まるで骨折した腕のギプスを外した直後のような。大丈夫だと頭では考えても、心の底ではそう思っていない。

 

これがメンタルで休職した場合だともっと大変だろうなと思う。

メンタルより先に身体が(修復可能な範囲で)壊れたのは不幸中の幸いだったかもしれない。

会社に入った後業務、勤務地、激務度など割とえらい外れくじを引かされたなあというような環境で半ば意地になっている。

 

想いだけが残る

思えば、君と一緒に過ごした日々よりも離れて暮らした日々の方が長くなっていた。

君と初めて会ったのは僕が中学1年生の時だったね。

前年に社宅から一軒家に引っ越していた僕たち家族は、犬を飼おうって話していたんだ。

 

生後3ヶ月の君と初めて会ったのはペットショップだった。

その数日前、僕の両親が一目見て君に決めたんだよ。臆病で、両親を見て震えて後ずさりしたんだって。

優しい店主の個人経営のペットショップにやって来た次の日に、君はうちに来ることが決まったんだ。二人の姉妹はもう他の人の手に渡っていて、男の子の君だけが残っていた。

 

そうして僕たちの家族の一員になった君だけど、最初は不安でいっぱいだったと思う。

臆病な君には、最初は何から何まで怖かっただろうね。

うちに来てすぐは夜寝るときはクンクン鳴いたし、初めて見るのもがあれば震えてた。

でも、人のことは大好きだった。

きっと、すごく優しいブリーダーさんに、大事に育てられたんだろうね。

散歩していても、他の犬のことは気にならないのに人を見ると尻尾を振って近づこうとするんだよ。

 

小さい小さい君はすごく優しくて、僕たちをずっと見守ってくれた。君が来て、家族の会話も増えて雰囲気が柔らかくなった気がするよ。

思春期の僕のそばで、一緒に大人になった。ときには君に嫌な思いをさせてしまったかもしれない。ごめんね。

可愛くて、人懐っこくて、パワフルでお茶目で優しい君にナイーブな僕は何度救われただろうか。

君のおかげで家族の笑顔はぐっと増えた。

君は我が家のアイドルで、みんな君のことが大好きだったんだ。

 

高校を卒業して地元を離れても、ことあるごとに実家に帰ってたよ。

家族と電話するときはいつも君の様子を聞いてたよ。

 

最期、一緒にいれなくてごめんね。

けど、両親や弟と一緒に過ごせたようで、良かった。

一ヶ月前、帰省したときに会えてよかったよ。お礼を言えてよかった。

帰り際、僕を見送ってくれた君を見たのが、お別れになったね。

 

君と離れて過ごす日々が日常になっていたから、まだ君がいない実感がないよ。

実家に帰ったら、君が出迎えてくれる気がするんだ。

君が僕たちと過ごした日々を、幸せに思ってくれていたら嬉しい。

ありがとう。